産地
日本刀産地として名をはせた街の多くは、包丁をはじめ、打ち刃物の産地として、その技術を現代へとつないでいます。各地で脈々と受け継がれる伝統を、堺一文字光秀が語ります。
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包丁と産地
ほとんどの日本の包丁産地は刀剣をルーツに持ち、各地に点在します。それぞれしっかりとルーツを持ち、現代まで数百年にわたり産業が続いているというのはすごいことですね。どの産地もどうしても自分の土地にフォーカスを当てて紹介しますが、産地に根付く産業や職人、メーカーと相まって地方ごとに作る包丁は特色を帯びており、非常に興味深いので、紹介させていただきたいと思います。
産地についての考え方や課題なども紹介して参りますが、産地ごとの特色を知りたい方はこちらからどうぞ。
産地良ければすべて良し?
産地はあくまで「特定の産業に関連した企業が多くある地域」ということです。
取り上げた産地についても刃物や金物の組合を持っているところに限らせて頂いておりますが、実際には良い包丁メーカーや職人は産地以外でも日本各地にいらっしゃいます。
本来包丁は道具なので、流通が発達した現代においては「どの土地で作ったか」より「どんな素材で、どんな人がどう作ったか」の方が実力には大きく関わります。
本当に〇〇産?
日本の各包丁産地では、刃物に関連した祭り、会館、お店はよくありますが、そこで目にする包丁は必ずしもその土地で生産されたものとは限りません。
流通量が多いため他産地の刃物が安く手に入るケースも多く、かつ目利きができる、くらいに考えておきましょう。
銘を切るなど最終工程だけ施して「○○産」とするケースや、また悪質なケースではその土地で作っていないのに関わらず「○○産」と販売していることもあるのでご注意ください。
これも産地にこだわり過ぎない方が良い理由の一つです。あくまであなたにとって良い道具を探す、一つの要素としてお考えください。
ブランド名と産地
我々堺一文字光秀をはじめ、土地の名前を冠するブランドは多くありますが、取り扱う商品すべてがその土地で生産されているケースは非常に稀です。我々も結果的に全工程堺で施された商品は未だに多いですが、使い手が第一ですので堺以外で良い職人を見つけた場合は地域にこだわり過ぎずにお願いするようにしています。
包丁産地の課題
近年は海外での評価も高まり、輸出も増えております。伝統産業の中では充分すぎるくらいに健闘していると言っても良いでしょう。しかし課題もあります。
後継者問題
どの産地も共通の課題として、後継者が少ないことが挙げられます。需要の増加に関わらず職人の高年齢化が続いており、自分達の仕事に精一杯で育てられないところが多いというのが実情のようです。
自治体と協力して若手の育成に努めている地域も見受けられますので、刃物作りにご興味のある方はこういったところにコンタクトしてみてはいかがでしょうか。
※いずれにせよ育て手が少ないのは地域共通の課題のため、良いお返事があるかはお約束致しかねます。ご理解くださいませ。
土佐刃物連合共同組合 鍛冶屋創生塾公式Twitter
堺刃物商工業共同組合連合会 問い合わせフォーム ※まずは見学からとのことです。
武生ナイフビレッジ 問い合わせフォーム
三条鍛冶道場 問い合わせフォーム
外国産包丁の興隆
日本の包丁に注目が集まった結果、海外の有名メーカーが日本に工場を作ったり、日本の材料を輸入して包丁を作る、海外の職人が日本の包丁にインスパイアされ技術を取り入れるようなケースも増えてきています。使い手が品質に厳しく、作り手も細部にまでこだわれる日本製は一日の長があるように思えますが、今後もこの地位を確保していられるかは我々の努力次第かも知れません。
少しシリアスな話題が続いてしまいましたが、日本の包丁のルーツを紹介していきましょう。
日本の包丁産地
さて、日本の代表的な包丁産地は6地方あります。簡単に特徴をまとめてみました。
堺市(大阪府)
我々堺一文字光秀のルーツである堺は、和食の要である「和包丁」の製造において圧倒的なシェアを誇ります。
鍛冶、刃付け、柄付け、各工程を分業にすることによりお互いの職人に注文を付けながら技術を高めていく独特な文化があります。
関市(岐阜県)
刃物のまち、関市は包丁のみならずカミソリ、ひげ剃り、鋏など刃物全般で全国でもトップシェアを誇ります。
高度に効率化、標準化され成型や焼入れは機械化されつつ、歪み取りや刃付け工程、ハンドルの成型などは未だに職人の手仕事で仕上げられております。やはりシェアの大きい洋包丁、家庭洋包丁が得意な地域です。
燕・三条(新潟県)
実は地図にある通り、燕・三条はルーツこそ同じ、地域も一緒に語られることが多いですが包丁の性格はかなり異なります。
シルバー食器と研磨の技術も相まって藤次郎、GLOBAL、片岡製作所など燕はステンレスハンドルの洗練された包丁が有名です。
一方和釘のルーツを脈々と受け継いだタダフサ、日野浦刃物工房など三条の包丁は手作りならではの質実剛健な魅力を持ちます。
武生
古くは南北朝時代に京の刀匠、千代鶴国安が移ってきたのが始まりです。もともとはこの国安が刀を打つ傍らで地元の農民のために作った鎌が評判で発展しました。今でも高品質な鎌と並行して包丁を作っているメーカーもあります。
現代においてはタケフナイフビレッジを中心に海外への展開が非常に盛んで、若い職人が数多くの斬新でスタイリッシュな包丁を生み出しています。
武生特殊鋼という鋼材メーカーのお膝元でもあり、積極的に新しい刃物鋼を開発し、地元の職人と技術研究を進めていることもこの地域の刃物産業が発達する一助となっています。
土佐
16世紀の終わり頃、長曾我部元親が刀鍛冶を住まわせたことから発展しました。
荒々しい黒打ちや自由鍛造に代表される、野鍛冶精神が息づいた町です。
長く堺との技術交流が盛んで、安価ながら高品質な和包丁を生み出してきた歴史があります。
リーズナブルさは保ちつつも、日本を代表する刃物産地の一つとして多くの職人、メーカーを輩出しています。
近年は自治体と企業が協力して鍛冶屋創生塾を創立するなど、若手の育成にも取り組んでおります。
三木
三木の刃物の歴史は古く、古代より鍛冶の神様、天目一箇命のゆかりの地で大和鍛冶が盛んな地でした。
5世紀になると百済より韓鍛冶が渡来し三木鍛冶の技術が発展した他、16世紀末は戦災復興のため大工が集まり、大工工具産地のルーツになっています。
戦後頃まで子供の筆箱には必ず入っていたと言われる小刀、肥後守は現在三木でしか作られていません。
外国の方に非常に人気の高級カミソリ(髭が比較的濃い方が多く、切れ味鋭い手鍛造のカミソリを好まれます。)や大工仕事の要であるかんななど、日本文化独特の刃物は三木製であることが多いです。
地方ごとで得意な包丁の構造
あくまで傾向となり、地方では主流でなくとも職人や工場によって得意な構造があります。
しかし地方ごとに○○らしい包丁、という趣向は確かに存在します。
また各刃物産地でも不得意な形状は別の地方のメーカーから取り寄せることも多いです。
そんな各地方の特色を、刃物屋目線で紹介させていただきます。
形 | 工法 | 主な地方 | 工法 | メリット | デメリット |
全鋼 | 岐阜県関市 | 刃金のみで作られた刃 | ・使い手の自由自在に刃が作れる ・単層のためしっかりとした切れ味 | 欠けが大きくなりやすい | |
割込 コンポジット | 岐阜県関市 | 軟鉄で鋼を包んだ形状 | ・比較的安価 | 寿命が短い | |
クラッド | 福井県武生 岐阜県関市 新潟県燕市 | 鋼材そのものが軟鉄と 刃金の層によって構成される | ・ダマスカスや槌目など技法を施せる ・割れや錆びが比較的止まりやすい ・研ぐ際に刃金を視認しやすい | ・刃先の強度が出しにくい ・片刃研ぎが施せない | |
両刃 鍛造 | 大阪府堺市 新潟県三条市 | 軟鉄と刃金の層を叩き伸ばす | ・クラッドに比較し刃に強度が出る | ・職人によって強度と切れ味が大きく左右される ・手作りのため量産ができない | |
片刃 鍛造 | 大阪府堺市 高知県土佐 | 刃金と軟鉄を鍛接する | ・切れ味が鋭く、粘りが出る | ・欠けやすくデリケートな扱いが必要 ・まっすぐに切るためには慣れが必要 | |
片刃 本焼 | 大阪府堺市 | 刃金のみで鍛造 峰側を柔らかく焼き入れ | ・単層のためしっかりとした切れ味 ・刃先に強度が出る | ・欠け、割れのリスクが高い ・限られた職人にしか作れず高価 |
著者紹介About the author
堺一文字光秀
田中諒
「切れ味で、つなぐ」堺一文字光秀三代目当主。 職人の技術と歴史、そして包丁にかける思いを皆様に届けて参ります。 辻調理師専門学校 非常勤講師 朝日新聞社 ツギノジダイ ライター
- 監修
- 一文字厨器株式会社(堺一文字光秀)