素材

包丁の素材は、性能や使い勝手を決める大きな要因の一つです。プロ用包丁から家庭用包丁まで、伝統の包丁ブランド、堺一文字光秀が、包丁の材質について語ります。

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包丁の実力は何で決まる?

包丁が出来上がるまでには、鍛冶や刃付けなど複数の工程があり、全ての工程が「包丁の実力」に影響します。

包丁の実力に影響を与える要素は、「鋼材」「鍛造/熱処理」「刃付け」「仕上げ砥ぎ」の4つあります。

この記事では、包丁の実力に大きな影響を与える包丁の鋼材について解説します。

しかし包丁の鋼材を考える際は、美味しい料理が「食材」だけではなく、「下拵え」「調理」「味付け」のすべての要素が噛み合ってはじめて出来上がるように、包丁も「鋼材」だけでなく、「鍛造/熱処理」「刃付け」「仕上げ砥ぎ」の全ての工程が揃ってはじめて「良い包丁」になるということを覚えていてください。

良い包丁作りは、美味しい料理作りと同じ。

包丁の鋼材の特徴

21世紀にもなり、科学技術は日進月歩。
「錆びにくい」「手入れが楽」など様々な特徴を持ったステンレスの包丁は言わずもがな、セラミックやチタンコートなど、使いやすい新素材の包丁が多く開発されています。

にもかかわらず、錆びやすくメンテナンスの手間がかかる「鋼の包丁」が未だに多くの料理人に愛用され、良い包丁のおすすめとして提示され続けています。

「なんで?錆びない方が良いに決まってるじゃん」と思いますよね?

ステンレスの包丁と鋼の包丁の良い点、悪い点を簡単にまとめてみるとこんな感じです。

ステンレス
良い点錆びにくい研ぎやすい リーズナブル
悪い点同等の鋼に比較し高価 研ぎにくい錆びに対するケアが必要

これだけでは鋼の包丁が愛され続ける理由は分かりませんので、それぞれの鋼材の特徴をさらに詳しく確認していきましょう。

鋼のメリット

鋼の包丁の最大のメリットは「良い刃を付けやすい」ことです。

鋼、ステンレスいずれの鋼材でも70%以上は配合される鉄(Fe)ですが、酸素、水と非常に結びつきやすく、その結合を我々は腐食、錆びと呼んでいるのです。水や酸素なんてない場所が特殊ですから、錆びること自体は自然の成り行きと言えますね。


そんな自然な成り行きを添加物クローム(Cr)を10.5%以上付与することで抑えているのがステンレス鋼です


ですが鉄(Fe)に焼きを入れて固くするために必要な炭素(C)を入れ、そこにクローム(Cr)だけを添加するだけでは製造工程や刃物としての良さ(折れにくい、曲がりにくい、切れ味を長持ちさせる・・・)が担保できません。様々な特色を持つ添加物を入れる必要が出てきます。

この時使用される添加物の中には、「削られにくい」という特性をもつものが多くあります。
これは包丁に、切れ味が長続きするという利点と同時に、砥石で研ぎにくいというデメリットももたらしてしまいます。

一方で鋼は、概して添加物があまり入っていないため、砥石で良い刃をつけやすい傾向にあります。

このような理由から鋼の包丁は、より良い切れ味を追求できるため、研ぎやメンテナンスの手間を惜しまない人に愛用され続けているのです。

こんな方に鋼の包丁をおすすめします

錆びのケアができる


濡れたまま放置しない、錆びが出たら取る。留意することはそのくらいです。慣れれば研ぎやすく、切れ味が出しやすい上に高級ステンレスに比較して安価なので、鋼の包丁はファンが多いです。

一日の作業量が多い方

加工工場など、使う時間に比較して錆びさせるためのケアが少なく済むため、コスト面のメリットが高くなります。
※一方で衛生的な理由で錆びる包丁が使えない工場も多いので、職場で確認しましょう。

和食料理人の方

和食では鋼の包丁が主流です。親方や先輩の包丁を借りる、譲り受ける、などのケースもあるため、鋼の包丁を使った所作、ケアに慣れましょう。後からステンレスに変えることはできても、ステンレスの包丁から鋼の包丁に移るのは錆びさせてしまうリスクが高いです。




鋼の包丁を見たい方はこちら





もっと鋼の包丁について詳しく知りたい方はこちら

ステンレスのメリット

錆びのケアをしなくて良い、これが一番のメリットと言えます。
※「錆びない」わけではありません。詳しくはこちらの記事をご覧ください。

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また、「ステンレスは切れない」という印象をお持ちのお客様もいらっしゃいますが、
鋼材と砥石の進化により、切れ味に関して高級ステンレス鋼は炭素鋼に引けを取らないものもございます。

モリブデンを含み欠けにくいAUS-8(8A)、コバルトを含んだVG-10はより摩耗に強く、細かい刃をつけてもしっかり切れ味が持続します。粉末冶金法を採用することでカーボンの偏りを廃し、薄い刃で強度が均一化した粉末ハイス鋼など、様々な特徴が付加されます。

詳しくはこちらの記事で解説しております。

ステンレス鋼材の特徴はこちら


こんな方にステンレスの包丁をおすすめします

錆びのケアに不安がある
 鋼の包丁をご家庭で使われているケースは現在少数派と言え、ご家庭の方にはまずステンレスの包丁を紹介させて頂いております。もちろん洗ったら乾くまで置いておくというような使い方はステンレスの包丁でしかできません。

錆びのケアをする時間が無い
 和食や寿司の現場でも、受け持ちのお客様が多いなど、布で水気を拭き取る時間がないお客様はステンレスの包丁をおすすめしております。

鋼と相性の悪い食材を切る頻度が高い
例えば果物を切ることが多いペティナイフをお探しの方には、鋼はあまりおすすめしていません。酸に弱く、錆びの回りが早く変色の原因にもなります。



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ステンレス包丁についてもっと詳しく知りたい方はこちら



新素材包丁のメリット・デメリット

ダマスカス鋼のメリット・デメリット

流れる文様が美しく人気の高いダマスカス鋼ですが、実は現在市販されているもので、包丁の刃(実際に食材に入り込む刃先の部分)が、本来の「ダマスカス鋼」で作られている包丁はありません。

ダマスカス鋼とは古代インドで作られたウーツ鋼のことを指し、古来から残っている鋼材こそあれど再現ができていません。いわゆるロストテクノロジーになっています。再現するべく未だに研究が続けられています。

では包丁業界で「ダマスカス鋼」と呼ばれているものとは一体何でしょう。

主に別の2種類の鋼材を積層にした柔らかい素材で、芯の刃物鋼を挟んだものを呼びます。

※コアレスダマスカスなど、刃先においても層になっている例外もあります。

ダマスカス鋼のメリット

なんといってもその見た目です。鍛造工程で叩かれることによって作られるパターンは二つとして同じものがありません。層の数を増やしたり、ニッケルを含有し、酸に漬けたり、サンドブラストをかけたり、模様をあえて崩したりと、各職人、メーカーが多種多様な模様を作り出しています。 一目でこだわりが感じられるその包丁は、贈り物に喜ばれること間違いありません。

ダマスカス鋼のデメリット

研ぎ傷でかなり模様が見えにくくなること、また切れ味に直接的な影響がない(コアレスを除く)に関わらず価格が上がってしまうことでしょうか。また、最近は層を見せながら安く仕上げたいがために、刃先が薄くてペラペラだったり、逆に刃先が分厚くなってしまっている包丁も増えてきています。刃先が分厚いということは、食材に入りにくいということです。長く包丁を販売し、研ぎのサポートをしているお店でないとその判断がついていないケースもありますので注意しましょう。






ダマスカス鋼の包丁をお探しの方はこちら





セラミック包丁のメリット・デメリット

白い刃はかわいらしく見えますが、単純な硬度だけなら高級刃物鋼をしのぎます。
値段もお手頃なものが多いです。「ならセラミックが一番良いんじゃ?」となりますが、包丁を最も使うはずのプロの厨房で見かける機会は稀です。これはなぜでしょうか。ここで良い包丁の条件8項目を思い出してみましょう。

永切れ

入りやすさ

進みやすさ

持ちやすさ

力の伝わりやすさ

錆びにくさ

研ぎやすさ

欠けにくさ

解説が読みたい方はこちら

錆びにくさは満点に近く、切れ味もかわいらしい見た目とは裏腹に良いと言えますが、そのほかの項目は鋼、ステンレスに劣るからです。よってメリット・デメリットをまとめるとこんな感じです。

セラミック包丁のメリット/デメリット
Good! メリット切れ味のコストパフォーマンスは○ 軽い 安い 衛生的
Bad! デメリット食材を選ぶ 欠けやすい 研げない 力を伝えにくい

この中の「研ぎにくい」という点ですが、そもそも我々が手研ぎしても刃がつきません。

メーカーの工場に送って研いでもらうことになるのですが、食材にすっと入り込むような繊細な刃をつけること難しいようで(そこまで研ぐと欠けやすくもなりますので繊細な刃に仕上げる必要性を感じていらっしゃらないのだと思います。)

硬度が低くても、番手の高い仕上げ砥石がしっかりとかかる金属の包丁であれば新品以上の切れ味に研ぎ上げることができるのです。

また、ものすごく軽いです。「軽い方が使いやすい」という方もいらっしゃると思います。

軽すぎると手と指をある程度固定してぶれないように切る必要があります。高級なステンレスや鋼の包丁はハンドルに口金を付けているものが多いですが、この口金はバランスを整えるためについており、当然口金はつけない方が安いし軽いです。「軽ければ良い」とは一概に言えないのです。

こんな方にセラミックの包丁をおすすめします

野菜、果物や小回りのきくサブとしての包丁

一人暮らしなど、一日に切る食材の量が限定的

チタンコート包丁のメリット・デメリット

スミカマさんが出されたチタンコート包丁。独特な色と光沢がカッコいいですね!
もちろん完璧な包丁とは言いませんが、見た目が良い、というのは愛着における大切な要素なので、細かいことは気にせずに使い手が合わせれば良いのです。

チタンコーティング包丁のメリット

やはり見た目。研ぐと剥がれてしまうとはいえ、この佇まいは唯一無二です。 モリブデンバナジウム鋼(鋼材名ではありませんが)はプロ用でも普及している鋼材です。

チタンコーティング包丁のデメリット

ハンドルの口金はそのルックスと価格帯の維持のためか省かれており、重量バランスはそこまで考慮されていません。 反った形状も少し使いにくく思われる方もいるかも知れません。※ただ、この包丁に求めるのは少し無粋な気もしますね。

ストーンバリア包丁のメリット・デメリット

最近テレビショッピングの影響もあり、よく耳にする包丁です。
コーティングされているので食材がひっつかない、というのは食材によります。過信は避けましょう。

また、当たり前ですが研ぐとコーティングは剥がれます。長くても毎日料理をしていれば数ヶ月で切れ味は落ち、シャープナーでだましだまし長く使っても1年も経てば研がないと厳しいです。

切れ味を戻すべく研いでしまうとコーティングは落ちます。

長くコーティングのメリットを維持することはできないのでご注意ください。

ストーンバリア包丁のメリット

食材によってはひっつかない 見た目に特別感がある

ストーンバリア包丁のデメリット

長く使える作りになっていない

良い鋼材なのに安価なものは要注意

高級料理が良い食材にふさわしい調理工程、盛り付けを施されるように、良い鋼材にはそれに応じた工程と仕上げが施されることが多いです。

良い鋼材は摩耗に強い、硬いという特性を持つのですが、刃物に仕上げるためには、まっすぐにしたり、削ったり、磨く工程がついて回ります。

どの工程も、鋼材が硬かったり摩耗に強いと難易度とコストがはね上がります。

良い鋼材を使う場合は、鋼材自体の原価だけでなく、加工にもコストがかかってしまうということですね。

となると「良い鋼材なのに安い包丁」は、いずれかの工程でコストがかからないように、作業を省いている可能性があります。

ですので、使用している鋼材に対して安価な包丁の購入を検討する際には、その包丁がなぜ安価なのかを調べるようにしてください。
良い包丁は鋼材だけでなく、鍛造/熱処理、刃付け、仕上げ砥ぎ全ての工程に力をいれてあるのものなのです。

著者紹介About the author

堺一文字光秀

田中諒

「切れ味で、つなぐ」堺一文字光秀三代目当主。 職人の技術と歴史、そして包丁にかける思いを皆様に届けて参ります。 辻調理師専門学校 非常勤講師 朝日新聞社 ツギノジダイ ライター

監修
一文字厨器株式会社(堺一文字光秀)
〒542-0075 大阪府 大阪市中央区難波千日前 14-8