日本刀と包丁
武士の魂といわれる日本刀。戦国の終わりとともに活躍の場が減ったが、その生産技術は形を変え、包丁造りに受け継がれています。現代まで続く匠の技を堺一文字光秀が語ります。
日本の包丁は優秀?
2016年ニューヨークの厨房機器店で、こんなことを耳にしました。
「このショーケースの中は10年前ほとんどドイツの包丁で、日本の包丁は2-3種類だった。今は半分が日本の包丁になった。10年後はおそらくほとんどが日本の包丁になるだろう」
もちろん、私が日本人で包丁店だったことを知っていたのでリップサービスの部分もあったのだと思います。
しかし日本での印象よりもずっと、海外で日本の包丁の評価が高い実感はあります。
クエンティン・タランティーノの映画「KILL BILL」での日本刀の描写を皮切りに日本の刃物の認知が高まったなんていう説もあります。
また海外で活躍する日本のシェフや、海外で修行を積んだ日本の料理人にとってこういった経験談はいわゆる「あるある」のようです。
・初めて同僚の前で包丁のケースを開ける時にすごく注目された
・自分の包丁を研いでくれ、と言われた
・いつも帰国時に日本の包丁を買って来るように頼まれる
・毎日持ち帰らないと、日本の包丁はすぐに盗まれる
日本の料理人はよく切れる包丁を使っていて、全員研ぎが非常にレベルが高いと思われているのです。
例外ももちろんたくさんあるはずですが、
「本場で料理を学びたい、という意識の高い料理人は包丁の研ぎを怠らないのだろう」
と、あるシェフから見解を頂き納得しました。
海外でのお仕事を視野に入れている方は今から研ぎの技術を磨いておくとキャリアアップのきっかけになるかも知れませんね。
世界でも刃物で有名なドイツ・ゾーリンゲンの有名メーカーも高級ラインナップの生産地として日本の関に工場を持ち、世界中に輸出しています。
では、なぜ日本ではこんなにも包丁が発達したのでしょうか。
日本の歴史に刃物は非常に縁が深いのです。
日本の成り立ちと刀剣
「草薙剣(くさなぎのつるぎ)」耳に馴染みがある方もいらっしゃると思います。
元号が平成から令和になったのは記憶に新しいですが、実は天皇が交代される際に必ず引き継ぐ三種の神器、その一つがこの草薙剣です。世界でもイギリス、フランス、タイなどいくつかの王朝でも刀剣や短剣が代々引き継がれていますが、剣は国を司る王様の象徴(レガリアと言います)として受け継がれて来ました。
人類の歴史が打製石器と関係が深いように、国家の成り立ちとも深く関連していると言えます。
刀身へのこだわり
前述の通り刀剣が権威の象徴として大切にされたという事実は決して珍しいことではありませんが、日本で少し他国と事情が違うのは、柄や鞘の装飾よりもむしろ、鉄や鋼の塊である刀身自体に美術的価値が見い出されていた点です。
こちらは平安時代後期の作刀、童子切と言われる名刀です。1000年近く前に作られたものとは思えない輝きですね。
鍛冶技術の発達
古くから多くの地域で何人もの鍛冶職人がおり、時代時代で手に入る鉄の質や技術も様々です。貴重な刀剣を割って科学的な解析をしても、一例の分析にしかならないのです。古代にまで遡る日本刀の研究は未だにわからないことが多く、こちらでは専門的な解説は避けさせて頂きます。
ただ、和包丁の「軟鉄と刃金を鍛接する」というアイデアは日本刀の心鉄と皮鉄をあわせることで靭性と切れ味を両立した作りと似ています。
実際に刀鍛冶が包丁を作り初めたというルーツが堺をはじめ各地に残っており、作刀からの影響は少なからずあったと考えて良いでしょう。
日本における和包丁のルーツ
刀剣ばかりがクローズアップされる和包丁のルーツですが、古墳作りから始まり、戦国時代を経て鉄砲作りにも活かされます。火縄銃の威力を知った織田信長は大阪、堺の職人集団に依頼し鉄砲の量産に乗り出しますが、日本は種子島にポルトガル人が漂着し初めて火縄銃を手にしてからわずか30年で、2000丁という世界で最も鉄砲を持つ国に変貌したのです。和泉国、堺をはじめ日本の鉄工集団が世界でも類を見ない技術があったことが分かるエピソードです。
日本刀と和包丁の共通点
もちろん和包丁のルーツに日本刀は根付いていると言って良いでしょう。ただ、構造を見るとやはり日本刀の方がずっと複雑です。ポイントになるのは「硬い刃金(はがね)を、柔らかい鉄で補強する」というアイデアです。
両刃、片刃関わらず採用されるこのアイデアと、それを実現する技術が日本の刃物を支えてきています。
まとめ
- 日本の包丁が世界で受け入れられている
- 古くから日本では刀剣の刀身にこだわってきた
- 日本の包丁作りのルーツには日本刀だけでなく、古墳や火縄銃もある
- ただし日本刀と包丁は構造や作り方が同じではない
余談ですが、本焼を「日本刀と同じ作り方をした包丁」と言ったり、不純物の少なさが売りとは言えたたら製鉄をルーツとする安来鋼を「日本刀の素材を使った包丁」とまで言ってしまうのは誇大表現な気がします。
※大手のお店や包丁メーカーでも散見する表現なのでお気をつけください
刀鍛冶が包丁を作っているケースや、実際にたたら製法で作った刀剣に使われる玉鋼で作った包丁も実験的に作られているケースもありますが、玉鋼の生産は限定されており非常に高価(30cmの柳刃1本で20万円以下になることは有り得ません)ですし、太古の設備を再現して作る鋼は安定せず、当たり前ですが刃物鋼を使って包丁職人が作ったものの方がコストパフォーマンスと実力で勝ります。※各メーカー、職人は包丁作りのために技術を重ねて来ているので当然と言えば当然ですが。。
そういった文言を見て包丁を買う時は「日本刀とのつながりやストーリーを買うんだ」と割り切りましょう。
著者紹介About the author
堺一文字光秀
田中諒
「切れ味で、つなぐ」堺一文字光秀三代目当主。 職人の技術と歴史、そして包丁にかける思いを皆様に届けて参ります。 辻調理師専門学校 非常勤講師 朝日新聞社 ツギノジダイ ライター
- 監修
- 一文字厨器株式会社(堺一文字光秀)