良い包丁とは?
良い包丁とは、一体何をもって良い包丁なのでしょうか?職人や使い手にとってこだわりは様々です。70年近くプロの料理人を支え続けた堺一文字光秀が考える、良い包丁の定義についてまとめてみました。
大きく1.切れ味 2.バランス 3.メンテナンス性 に分けて考えます。それぞれの要素を構成するさらに細かい要素が2.3ずつあるイメージです。
さあ、それぞれの要素について見ていきましょう。
切れ味
まずは切れ味ですが、切れ「味」というだけあって、味覚と同じで良し悪しは人によって感じ方が違います。本来切れ味の良し悪しは感性であり、特性ではありません。「よく切れる」というのは前提で、どう切れるか、どんな切れ味かが好みの分かれる部分になります。
外国語で「切れ味」は訳せない
切れ「味」とはよく言ったもので、日本では「どう切れるか」を表現する独特の文化があります。例えば英語の「Sharpness」は日本語にすると鋭さと訳され、切れ味とは少しニュアンスが異なります。直訳して”Flavor(Taste) of Cutting”と言うと怪訝な顔をされるはずです。他の多くの言語でも同様、切れ味にぴったりと当てはまる訳語はありません。
日本では「切れ方」自体に対して多様な感覚を持ちます。そこまで鋭く研ぎ上げられていないのに切れてくれる感覚のことを甘切れと呼んだり、魚を「切る」だけで料理として成立させるなど、切れ方、切り方自体が味にもつながるという考え方が根底にあります。そんな日本独特の価値観が世界中で評価されるまで日本の包丁を引き上げたのかも知れません。
堺一文字光秀が考える切れ味
堺一文字光秀では、切れ味を3つの要素に分けて考えています。
どれだけ切れ味を保てるか、という「永切れ」。食材への「入りやすさ」、入ったあと、食材を切り分けるまでの「進みやすさ」と合わせて3つの要素が切れ味を構成しています。
永切れ
適切に使用してどれだけ切れ味を保つか
永切れこそが、高価な包丁と安価な包丁の最も大きな違いです。鋼材と工程を妥協せずに作ることで、永切れする包丁を作ることができます。
入りやすさ
食材と接した時にどれだけ抵抗なく刃が入るか
入りやすさは鋼材の特性が最も出やすいです。ミクロン単位で良い刃がついていて、強度を保っているからこそ食材にしっかりと食い込んでいきます。しっかりと鍛造された包丁は部分ごとの金属組成に偏りなく、顕微鏡レベルまで拡大してもしっかりと刃が立っています。
進みやすさ
食材に刃が入ったあと切り分けるまで、どれだけ抵抗なく進むか
進みやすさにおいてはいわゆる刃付け工程、研磨と研ぎがポイントです。食材と最初に接する先端はかなり細かい刃がついていても、峰に進むにつれ厚みがましていきます。薄さを保ちつつ丸みを帯びさせることで「ハマグリ刃」と呼ばれる切り離れの良い刃になります。逆に単に薄いだけでは強度が保てず食材からも圧力がかかるので、刃が入ったあとなかなか先に進んでいきません。
バランス
2つ目に大事なのが、持った時、使う時の包丁のバランスです。これは手の大きさや握力が違うように本当に人それぞれなので、残念ながら正解はありません。仮に私が「この包丁がすごくバランスが良い」と主張しても、それは私の手に合うだけで、別の使い手にそれが当てはまるかはわからないのです。ベストはお店で持ち比べることですが、検討する点として堺一文字光秀では持ちやすさ、疲れにくさ、力の伝わりやすさに分けて考えています。
持ちやすさ
手の形に合ったハンドルであるか
持ちやすさはハンドルの大きさと形状がポイントになります。握りやすいと無理な力がいりません。最近はスタイリッシュなハンドルが多く見られますが、刻みものだけでなく皮を剥いたり引き切りしたり、狙いを定めたり力を入れたりと多様な握り方に対応できるかは頭に入れておきましょう。
力の伝わりやすさ
適した重心が作られているか
刃と柄の重量バランスが良い包丁は力が伝わりやすく、疲れにくいです。
刃先が重いと狙いが定まりにくいですが、刃の重さを活かした使い方ができます。また柄側が重いと刃先を腕でコントロールするので繊細な仕事がしにくいです。セラミック包丁は非常に革新的な発明で切れ味も値段の割に良いのですが、刃が極端に軽くハンドル側に重心が来てしまうため繊細な仕事をするのに慣れが必要です。
牛刀や三徳は人差し指に乗る部分、和包丁は刃元あたりにあると良いと言われます。ハンドルの素材や口金の有無で大きく変わりますので、インターネットで検討する際は頭に置いておきましょう。
コーリアン(人工大理石)、黒檀、強化材や尻金をあしらった包丁はハンドルが重くなります。単に均衡していれば良いのではありません。シーソーをイメージしてもらえるとイメージしやすいですが、両端に重心があってバランスさせていると、動かす時の反動が大きくなりコントロールが難しいです。人差し指あたりの支点に重心が集まり、刃先に向かって徐々に軽くなっていくバランスが手元のコントロールがききやすく、疲れにくいです。
メンテナンス性
メンテナンス性、言い換えると切れ味の再現性です。せっかく良い包丁を買うのであれば長く使うのにあたり非常に大切な要素です。メンテナンス性は錆びにくさ、研ぎやすさ、欠けにくさで構成されます。
錆びにくさ
どれだけ錆びに対して耐性があるか
同じ切れ味なら鋼の包丁の方が安価に作れますが切るたび洗うたびに、錆びのケアをする必要があります。やはり錆びは天敵で、鋼自体が劣化したり、穴が開いたり、錆が食材に移るケースもあります。ステンレス包丁であれば鋼の包丁に比較してかなり錆びにくいので安心です。
研ぎやすさ
砥石にかかりやすく、良い刃がすぐにつくか
残念ながら「研がなくて良い包丁」は存在しません。もし存在したとしたら摩耗しない素材ということになります。ということは当然加工もできませんので、包丁という形にまで研ぎ上がっている時点で矛盾してしまいます。
話がそれてしまいましたが、どれだけ良い包丁も刃は結局薄く研ぎあげた金属なので、良い鋼材であればかなり鋭く研ぐことができますが、鋭ければ鋭いほど刃先が細かいということで、まな板や骨に当たるたび少しずつ刃は丸くなっていきます。
高級な鋼材は摩耗に対して強いため永切れします。しかし摩耗に強い、ということは研がれにくいということと本来同義ですので、研ぎやすさと永切れは相反することが多いです。しかし職人や鋼材、砥石メーカーの努力により、「永切れするのに研ぎやすい包丁」や「摩耗しにくい鋼材だが刃を付けやすい厚みになっている」という包丁は存在しますし、そういった包丁こそ良い包丁だと考えています。
長くパートナーになる包丁は、研ぎやすいほうが良いということですね。
欠けにくさ
衝撃に強く欠けにくいか
最後の要素は欠けにくさです。しっかり鍛造され、刃金全体に炭素が組成をなしていたり、粘りのある金属が含まれていたり、また刃付け工程で丈夫な刃を研ぎ上げることで欠けにくい包丁になります。
以上3点が大きな要素。でも最も大切なのは、、?
以上、大きく3つの要素が包丁の実力に関わる部分です。しかし、その3つの要素を支えるのはなんといっても包丁に対する愛着。長く使うにあたり、過小評価できない要素です。これはプロでもご家庭でも言えることで、高級な包丁を買っても、切れ味はいつか維持できなくなります。その時に愛着が一切なければどんどん使い方が雑になってしまい、刃が潰れ、鋼の包丁をサビさせたりしてしまいます。「名前を入れる」だったり「見た目で買う」というような一見道具の実力とは関係のなさそうな行動も、使い方やメンテナンスに対するモチベーション=愛着を育む上ではプラスになるかも知れません。
「切れ味、バランス、メンテナンス性」は何によって決まる?
良い包丁とは、切れ味、バランス、メンテナンス性が備わり、愛着が持てるもの。というお話をさせて頂きました。愛着は使い手と道具の間で育むものですが、残りの「切れ味、バランス、メンテナンス性」は何によって決まるのかを簡単にまとめてみました。
素材 | 熱処理・鍛冶 | 刃付け | 柄つけ | |
切れ味 | ○ | ◎ | ◎ | |
バランス | △ | △ | ◎ | |
メンテナンス性 | ◎ | ○ | ○ |
まとめ
見た目や鋼材の名前に惑わされず切れ味、バランス、メンテナンス性を兼ね備えた包丁を選ぶことで、どんどん包丁に対する愛着は深まり、あなたの相棒としてより長く活躍してくれるはずです。
著者紹介About the author
堺一文字光秀
田中諒
「切れ味で、つなぐ」堺一文字光秀三代目当主。 職人の技術と歴史、そして包丁にかける思いを皆様に届けて参ります。 辻調理師専門学校 非常勤講師 朝日新聞社 ツギノジダイ ライター
- 監修
- 一文字厨器株式会社(堺一文字光秀)