AUS-8(8A/モリブデン鋼)

8Aとも呼ばれ、ご家庭でも手の届きやすい価格ながら錆びない、切れ味が良い、研ぎやすいAUS8の包丁について、伝統の包丁ブランド、堺一文字光秀が語ります。

プロ家庭問わず評価の高いステンレス鋼

AUS-8(8A,A8などとも呼ばれますが、今後はAUS-8に統一致します)は、錆びにくく、切れ味もある程度持ちつつ非常に研ぎやすく扱いやすい特性をもつ素材です。


また「モリブデン鋼」という正式名称の鋼材は無く、流通している「モリブデン鋼」「モリブデンバナジウム鋼」「MV鋼」「INOX鋼」多くがこのAUS-8です。(あくまで「多く」であり、メーカーが名称を公開していない以上例外もあることはご承知ください)

なぜ正式鋼材名を使わないかと言うと、包丁の実力は鋼材でなく製造工程によって大きく差が出るため、鋼材名のみで比較されることを避けるためだと思われます。)

 モリブデンが含まれている鋼材は全て「モリブデン鋼」と呼んで差し支え無いのですが、それより高価な素材を使う場合は別の呼称を使うことが多いです。

「モリブデン」のインパクト

30-40年ほど前、ステンレス包丁は、AUS-6や420-J2など、炭素の含有量が0.6%程度の鋼材が主流でした。
後ほど組成表でも見て頂きたいのですが、AUS-6にはモリブデン(Mo)とバナジウム(V)が添加されていません。

炭素の含有率だけが刃物の実力を推し量る要素だった時代に登場したのがこの二種の成分です。
後のステンレス鋼の印象を大きく変えるほど、切れ味の耐久性と粘りが出たのです。

『ステンレス鋼≒切れ味の悪い、研げない包丁』という印象がつくほど炭素鋼が普及している時代に、このインパクトは絶大でした。

クローム(Cr)の含有が13%あって錆びにくく、かつ切れ味が良い包丁としての差別化ポイントとして、モリブデン(及びバナジウム)の添加が取り上げられました。

そこから刃物メーカーは「モリブデン鋼」「INOX鋼」という呼称を採用し、「切れ味が良いステンレス包丁」として販売したのです。

鋼材マッピング図から見るAUS-8鋼

まず、鋼材が包丁の実力にどう影響するかを把握しておきましょう。

鋼材熱処理・鍛冶刃付け柄つけ
切れ味
バランス
メンテナンス性

上記の図でお伝えしたいことはこの3点です。

・鋼材は切れ味とメンテナンス性(研ぎやすさと錆びにくさ)に大きな影響を与える

・切れ味には鋼材だけでなく熱処理、刃付けも大きな影響を与える

・包丁の実力は重量のバランスやメンテナンス性も合わせて評価する必要がある


鋼材マッピングでAUS-8を見ると、こんなところになります。

比較図から見るAUS-8

こうやって比較図の中で見ると優秀な刃物に見えにくいのですが、ある程度の硬度もあり、加工がしやすいということは作り手にとっても良い刃が作りやすい非常に大きなメリットです。

ステンレス鋼の中では比較的砥石にかかりやすいことも人気の秘密です。当然刃が落ちたまま研いでいない粉末ハイスよりも、研ぎ上げたAUS-8のほうが切れ味は良く、研ぎやすい刃物は長く使う上でもメリットがあります。

成分表から見るAUS-8

組成から見るAUS8
※比較がしやすいように、公開されている値に幅がある場合は最大値や中央値を記載しております。

硬度は57.5と他の高級ステンレス鋼と比較すると少し低めです。
モリブデン(Mo)とバナジウム(V)も添加されていることからも、粘りや耐摩耗性が担保されます。

上記の理由から白紙鋼など炭素鋼に慣れた方からすると、少し砥石が滑る感覚はあるかも知れません。

AUS-8鋼はステンレスだから錆びない?

鋼材の定義上ではクローム(Cr)が充分含有されており、錆びにくい素材のはずではあるのですが、金属との接触や食洗機の使用など、保存状態によっては錆びが出ます。

しかも白鋼のような薄く茶色くなって来るのではなく、ポツポツと穴が空くような錆び方をしますので、油断せず錆びがあればこまめにクレンザーやスポンジの裏などで取って保存しましょう。

過剰な見出しが多い特徴も

AUS-8(モリブデン鋼)は優秀な素材ではあるものの、「日本製の革新的な素材、モリブデン鋼を使用」というような表現は刃物店からするといささか大げさです。(確かに3-40年前には革新的な素材でしたが。)

というのも、VG-10や粉末ハイスをはじめモリブデン鋼より高級な素材も普及しています。

とくにクラウドファンディングの一部のプロジェクトやコピーライター、マーケティングの専門家が関わった商品が過剰に持ち上げる傾向にあるのがこの鋼材で、確かにプロの愛用者も多く優秀で使いやすい素材ではあるものの
「プロ用の中では比較的廉価な素材」という認識がより正確と感じます。

まとめ

・AUS-8鋼は「切れない」ステンレス鋼の常識を覆した素材

・錆びず、切れ味が良く、研ぎやすいバランスが良い特性をもつ

・ステンレス鋼材だが、錆びには注意する必要がある

・良い素材だが、誇大広告には注意

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著者紹介About the author

堺一文字光秀

田中諒

「切れ味で、つなぐ」堺一文字光秀三代目当主。 職人の技術と歴史、そして包丁にかける思いを皆様に届けて参ります。 辻調理師専門学校 非常勤講師 朝日新聞社 ツギノジダイ ライター

監修
一文字厨器株式会社(堺一文字光秀)
〒542-0075 大阪府 大阪市中央区難波千日前 14-8