和包丁(片刃)の構造
和包丁の代名詞ともいえる片刃構造。400年にわたり和食文化を支えてきたと言っても過言ではないその洗練された形状。理解を深めることでより切れ味を引き出すことができます。
江戸時代に発明されたと言われるこの形状は、今や世界中で愛される日本の和包丁においてシンボルとも言える発明です。
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片刃とは?
その名の通り片面から刃が付いている包丁のことです。
魚を「捌く」、刺身を「引く」、野菜の皮を「剥く、削ぐ」など、呼び方は違えど食べる部分に負担をかけずに削ぎ切ることができるのが片刃構造です。中でも刺身は生魚を切るだけで成立するだけに、包丁の切れ味は非常に重要な要素です。和食の基本ともいえる「さしすせそ」の調味や「うまみ」「だし」と同じように、素材を活かすシンプルな料理文化において、片刃形状の切れ味は欠かせない要素と言えるわけです。
片刃包丁について知っておくべきこと
一部の廉価品を除き、プロの現場で使われるほとんどの和包丁は「すべて手作りである」ということは念頭に置きましょう。プレスで抜きローラーで形を整えることが多い両刃包丁とは違い、平面、刃先の丸みもすべて手で叩き、焼入れ、削り出します。
どれだけ熟練の職人であっても機械ではありませんので、硬さと鋭さを追求すると歪み、凸凹はコンマミリ単位でどうしても出ます。どの部分が砥石にどうあたっているかを意識して研ぎ進められるかどうかで、切れ味、見た目、寿命が大きく変わることを念頭に置きましょう。
和包丁の各部名称
包丁の研ぎをするにあたり、「上の方」や「右側」と言っても場所がわからないものです。研ぎ師は「鋒から3cmほどの刃境あたりが凹んでいる」と各部の名前で状態を説明します。この記事では、和包丁の構造を細かく見て、それぞれどのような点に注意して包丁を選んだり研ぐと良いかをまとめてみました。
裏スキ
もちろん利き手側に角度のついたしのぎが特徴的ですが、それ以上に大きな役割を果たしているのが裏スキです。
図の断面のとおり、刃の裏面が完全な平面ではなく凹んだ状態になっています。
これを裏スキ、もしくは樋(ひ)と言います。
理屈では角度の問題なので片刃より鋭い両刃も作ることはできそうに思えますが、両刃は両側から角度をつけるという前提なので片面を研ぐ際、刃先は砥石と反対側に逃げてしまいます。また刃先の角度を小さくするということは峰側から刃全体を薄くしないといけないので、構造上強い刃になりません。
片刃包丁では仕上げに裏面を研ぐのですが、その作業は「裏押し」と呼ばれ、裏面を砥石にぴったりと寝かせて、樋がある部分以外、つまり刃の外周(刃先と峰の外側のみ)しか砥石に当たりません。ある程度の圧力をかけても構造上刃先が砥石から逃げず、鋭い角度の刃が作れるわけです。
また、切る際に両刃なら両面に食材からの圧力がかかるところを、「切り分けた側の圧力を樋によって逃がす」ことができるのも切れ味の秘訣です。
地味な特徴の割に手がかかる形状のため大量生産品では裏スキが無い和包丁もありますが、包丁屋目線片刃形状である意味はかなり失われているように思えます。
鋒(きっさき)について留意すること
鋒近くも十分に鋼が出ているか/出すぎていないか(鋼が出すぎていることを「目を剥いている」と言ったりします。) 爪先で少し刃を押し当てて(指を切らないように注意)少し弾力があるくらいなら良いのですが、 薄すぎて触れただけで形を変えてしまうような場合もあります。
その場合は数ヶ月とぎすすめて自分の理想の刃を作っていきましょう。
【研ぐ際の留意点】 詳しくは「和包丁の研ぎ方」を参考になさってください。 切っ先を研ぐ際は柄をしっかり持ち上げて、曲面に添わせながら砥石を当てるようにしましょう。
刃線/刃先について留意すること
刃線を見るときは、望遠鏡を覗き込むように目→刃線(刃先)→鋒を一直線にして見ます。
顎に近い部分でカーブが強い、よく見ると鋒手前で凹んでいるような特徴があるものは、それを見越した研ぎを施す必要があります。
切れ刃について留意すること
切れ刃を見るときは、こちらも望遠鏡を覗き込むように目→顎→切れ刃→鋒を一直線にして見ます。
切れ刃に照明などを反射させ、少しずつ反射している物や光を動かすと、凹凸で反射した光が動くので刃先の形がわかります。
できるだけ切れ刃に凹凸がなく、刃線がきれいな弧を描くように研ぎ進めていきたいものです。
鎬(しのぎ)について留意すること
鎬を望遠鏡のように柄側から覗き込んで、カーブを見て状態をチェックしながら研ぎ進めます。少し凹んでいたりした場合はそれを留意した研ぎを施します。
理想的には背→しのぎ、しのぎ→刃線の比を維持しながら包丁を研ぎ進められるとベストです。
ただ、最初はどうしてもしのぎに砥石があたりやすく、あたってしまうと軟鉄部分であるしのぎは凹みやすいので注意が必要です。
刃境について留意すること
刃境の隙間をアイケと呼びます。無いものを選びましょう。白鋼よりも青鋼の方がアイケが出やすいと言われます。
裏面の地あいにできる隙間を開先(カイサキ)と呼びますが、こちらは不良品とはみなされないケースが多かったですが、最近になって嫌う方が多くなっています。見た目はアイケと同じなので当たり前と言えば当たり前です。
しかし温度を鋼にとってベストな温度帯よりも大幅に上げれば簡単に隙間をなくせるそうです。ただその場合は切れ味が甘くなってしまいますので、裏に少しできる数ミリ程度の隙間は食材にも当たりませんし、切れ味を念頭に置いた低温鍛造の証とも言えるわけです。
あくまでもモノの良し悪しを決めるのは使い手で、決して美しいとは言えない開先を問題無いというつもりはありません。嫌な人は買う前に注意をしましょう。
平について留意すること
平は鏡面、ヘアライン仕上げ、銘切などが施される、切れ味に直接的な関係は無い部分になります。
和包丁の美しさを左右する顔とも言えます。きれいに仕上げようとすると工程が増えるのでどうしても価格に跳ね返ってきます。 錆びのケアだけはしっかりするようにしましょう。
マチについて留意すること
2010年代以降、中高価格帯の商品はほとんど指が当たる部分が磨かれるようになりました。
長く作業する料理人にとっては指が痛くならず、使いやすくなります。ふやけて皮がやわらかくなってしまった手で作業を重ねると、効率性でもバカにできない差になりますね。
ただ磨くだけでなく、鏡面レベルにピカピカに磨き上げると平との差が出て、非常に高級感が出て美しい仕上がりになります。
また、関西の包丁はマチを最後まで柄に入れて固定し、関東ではマチに2-3ミリの隙間を空けます。
関西の料理人はマチが空いていると「最後まで挿されていない」ように見えますし、
関東の料理人にとってマチが最後まで刺さっている包丁は「息苦しく」見えるようです。
これは好みの問題です。自分が住んでいる地域以外の包丁店で購入する際はどちらの仕上がりになっているか留意しましょう。
地合いについて留意すること
合わせの高級な和包丁は、ここを波模様にしているものがあります。鋼を一本ずつ削り、軟鉄とのかみ合わせを良くする作業です。仕上げの時も綺麗な色になるように研ぎ師が特殊な天然砥石の粉を使い、一本一本手作業で磨いています。
また、ステンレスの和包丁(鍛接せず最初から層になった鋼材を鍛造して叩いている)や本焼き(単層)は、地合いがありません。※本焼きの場合は刃文が出ますが、これは焼入れの温度差によって生じるもので地合いとは異なります。
背(峰・棟)について留意すること
近年は人差し指のかかりと重さのバランスを調整するために、削ぎ棟といって少し削り丸めた包丁が見られます。
また、柄にまっすぐ刺さっているか、包丁が歪んでいないかなどを見る時にこれも望遠鏡のように柄側から除いてまっすぐか見ます。しかし、刃線側とのバランスが大切です。(刃線側のまっすぐが、背のまっすぐとは限りません)
柄について留意すること
朴の木、ウォールナット、黒檀、イチイなど多種多様な柄が使われています。 形状やバランスにも影響しますので、可能な限りはお店で直接持ってみるのが理想です。
また和包丁は長期間使いながら、柄は交換する前提で作られています。
とくに柄や口輪が「ふくらんできた」ら要注意で、すぐに包丁屋さんに持っていって柄交換をすることをおすすめします。
少しずつ染み込んだ水分で中子が錆びてふくらんでいます。ここが完全に錆びてしまうとハンドルを支える中子がなくなるため、和包丁の寿命はそこで終わりです。ふくらむ前、ふくらんでも腐食しきる前に交換しましょう。
口輪(水牛) について留意すること
口輪が割れると中子の寿命が減っているサイン、と前述しました。
逆に言うと中子が残っている限り、鍛接もしくは本焼きで作られた和包丁はどれだけ小さくなっても使うことができます。
※稀に安物は中に焼きが入っていないものがありますのでご注意ください。
未だに大手の有名なブランドであっても接着剤を入れていないケースがありますが、危ないですし水分が入りやすく包丁の寿命を大きく縮めますので我々は推奨しません。
研ぎを追求するために接着剤を入れず研ぐたびに柄を抜く方もいらっしゃいますが、こういった危険性を管理できる方のみがやられていると理解することが大切です。
鍛接(合わせ)包丁と本焼き包丁
鍛接(合わせ)包丁
上記で使ってきた図は合わせ包丁と言って軟鉄と刃金の二層構造です。
鍛接(合わせ)包丁とは軟鉄と鋼の二種類を組み合わせた複合材を鍛造した包丁になります。
基本的な和包丁はこの構造で作られており、「合わせ包丁」「霞包丁」「沸かし付け包丁」などと呼ばれています。
本焼き
和包丁には刃金のみを鍛造、焼入れして造られた包丁があり、それを「本焼き」と呼んでいます。
本焼きの由来は、焼入れなどが日本刀の焼入れと似た製法から造られいることから本焼きと名付けられました。
食材→刃金→地金→手 という感触のものが、
食材→刃金→手 になるため、切れ味をよりダイレクトに感じコントロールできる包丁です。
しかしハンドルの遊びが存在しないレーシングカーのように、扱いは非常にシビアになり、また高価です。
作り手も数えるほどしかいない、和食料理人の憧れの包丁です。
以上のように、和包丁の構造それ自体にたくさんの意図が詰め込まれており、一部分ずつ取っても完成度を上げるためにたくさんの工程が掛けられています。
包丁屋としては「原型のまま小さくなっていくメンテナンス」が寿命も長くなるためおすすめはします。
しかしあなたの相棒として使って貰えればそれ以上の幸せはありません。
著者紹介About the author
堺一文字光秀
田中諒
「切れ味で、つなぐ」堺一文字光秀三代目当主。 職人の技術と歴史、そして包丁にかける思いを皆様に届けて参ります。 辻調理師専門学校 非常勤講師 朝日新聞社 ツギノジダイ ライター
- 監修
- 一文字厨器株式会社(堺一文字光秀)