鋼の包丁について

包丁の素材

包丁の素材には、大きく分けて「鋼」「ステンレス」の2種類があります。
包丁を選ぶ際には、多くの場合まず「鋼」「ステンレス」のどちらかにするかを決めることになります。
※セラミックなど別の素材が気になる方はこちら

自分にあった包丁を選ぶために、こちらのページでは、包丁の素材としての「鋼」について解説していきます。

鋼の包丁とは?

鉄(Fe)に焼を入れて固くなった金属のことを一般的に「鋼(はがね)」と呼びます。

今や工業製品や建築には欠かせない鋼ですが、語源は「刃の金と書いて刃金(はがね)」から来たそうです。
鋼とは、そもそも刃物が由来の言葉だったんですね。

包丁の実力は大きく分解すると、下の図のように切れ味/メンテナンス性/バランスの3要素になります。

鋼の包丁の特徴は、研ぎやすさ切れ味の鋭さにあります。

良い包丁の構成要素から見る鋼とステンレスのメリット・デメリット

この特徴を生み出している要素は鋼を構成する成分のバランスにあります。

包丁の素材として用いられる鋼は、焼入れて硬くするため、炭素(C)が付与されています。

ステンレスは、さらにモリブデンやバナジウム、コバルトなどを付与することで、耐摩耗性を向上させます。

耐摩耗性は永切れに貢献しますが、研ぎにくくなるというデメリットももたらしてしまいます。
鋼はこれらの不純物を含まないために研ぎやすく、切れ味が出る形に加工しやすいのです。

代表的な鋼の種類と特徴

鋼の包丁の特徴は、研ぎやすさ切れ味の鋭さにあるとお伝えしましたが、製法と炭素の含有量によって鋼のなかでも特徴が分かれてきます。

包丁に利用される鋼の種類は「日本鋼」「白紙」「青紙」「黄紙」「特鋼」「ZCD-U」など様々あります。

刃物屋としては、同じ鋼材を使っていても製法で使用感が全く変わるので、鋼材の名前だけで説明をしたくは無いのが本音ですが、最も代表的な鋼である「黄紙」「白紙」「青紙」についての特徴をお伝えします。

黄紙は安価だが脆い。白紙は研ぎやすい。青紙は研ぎが甘くても切れ味長持ちする。

鋼の包丁を選ぶにあたって最初に抑えたいポイントはこれです。
また、「1号」「2号」「3号」など番号で分類されています。

この番号の違いをざっくりと説明すると、スーパー>1号>2号>3号の順に固くて高価になります。
※スーパーは青紙のみ、青や木

これは、炭素の含有量で鋼の最大硬度が決まり、スーパー>1号>2号>3号の順に含む炭素の量が多いからです。

代表的な鋼の種類と特徴

白鋼VS青鋼

包丁がお好きな方でも「白鋼より青鋼がよく切れる」と思われている方は多いようですが、一概にそうとも言えません。これは包丁がお好きな方における最もよくある誤解と言えるかも知れません。

同じ1号、同じ2号なら白より青の方が値段が高い。というのは事実です。

ですが、ヤスキハガネという包丁鋼を代表する鋼材を生産するメーカー、日立金属のカタログでは、青二鋼も白二鋼も硬度は同じです。双方とも良し悪しがあるのです。

研ぎやすさ

白鋼が素直に研げるため、良い刃に仕上げやすい

切れ味の持続性

青鋼に分があります(と言うより、鈍っても切れる)

焼入れ難易度

切れ味を決定づける焼き入れは白鋼(とくに1号)がシビア ※鍛接は青鋼の難易度が高い

要は、白鋼はピュアで刃がつきやすく、青鋼はクロムやタングステンを含むことによってねばりけがあります。クロム、タングステンはレアメタルに含まれ、高価なのです。

一方で白一鋼は、ポテンシャルを活かそうとすると焼き入れが非常に難しく、鋼材は高価なわりに実力を反映しにくく、それならば、「鋼材自体が高級で焼き入れのしやすい青鋼の実力が高い」としてしまった方が都合が良いわけです。

ちなみに堺一文字光秀の白一鋼は工程をかなり丁寧に行っており、その永切れと研ぎやすさが相まってリピートが非常に多く、和包丁のシリーズではダントツのベストセラーです。詳しくは職人が魅力を詳しく語ったこちらの記事をご覧ください。※もちろん青一鋼も取り扱っており、こちらも鋼材の特性を活かしきった優秀な包丁です。あくまで売上の上での比較です。

鋼の包丁を選ぶ際の注意点

鋼材名だけで包丁の実力を判断しない

包丁を作る工程も、素材と同じように非常に大切ということです。

超高級食材も、管理や調理の仕方次第ではポテンシャルを発揮できませんよね。
同じ鍛造という工程をとっても、ローラーで伸ばすだけなのかハンマーで叩くのか、叩くにしてもどんな叩き方でどれだけ叩くのか。

これだけでも炭素組織の砕かれ方が違う=全く包丁の実力は変わってくるわけです。

※ちなみに堺産和包丁の工程は、刃をつける前だけでも15近くの工程に分かれ、ほとんどが職人の手で行われます。
そしてコストや時間、品質への考え方が違うためそれが10だったり20だったりします。

一つ一つの作業に丁寧さという変数があるとすれば、いかに鋼材の名前だけで実力を判断してはいけないかわかりますね。

同じ鋼材名でも違うメーカーのものがある

例えば、白紙二号という鋼材があります。これは白二とか、白二鋼と略されることが多いです。と同時に、白紙二号という規格を持つ鋼材メーカーと、白二という規格を作るメーカーがあります。そしてその鋼材における成分の含有基準は大きく異なります

同じケチャップと言っても、使うトマトや塩加減はメーカーによって違い、高い安いがありますよね。
前述のとおり工程による差も大きいので、ざっくり「安い白二は作られる工程が違うかも」くらいの理解で十分でしょう。

鋼材名を明言しない包丁店にも意図がある

「この包丁は鋼です」という説明のみであれば本来は不十分なわけですが、鋼の種類を細かく聞いてもこれ以上追求してはっきりした返答がない場合もあるかと思います。

「我々を信頼してくれ」というふうに受け取りましょう。

刃物屋としては、鋼材の名前だけで説明をしたくは無いのが本音です。理由は同じ鋼材を使っていても製法で使用感が全く変わるから同じ鋼材の安いものと比較されても、途中の工程が違うのではっきりしたことが言えないのです。

長く研ぎのサポートをしている包丁店なら細かい説明がなくてもある程度信頼して良いと思います。説明と齟齬があるようならもう一度お店に行って研いで貰うなり、意見を聞けば良いのです。そこで変な対応をしていては長くお店はできませんし、そもそもそういったトラブルが起きないような商品、接客を心がける可能性が高いのです。

一番コスパが高いのは?

我々が考えるコストパフォーマンスが概して高い鋼材は、白紙二号です。理由は、包丁職人が最もよく扱う鋼材だからです(とくに堺産)鍛冶屋として、白二鋼が売れないと話になりません。パスタで最も実力がわかるのはシンプルなペペロンチーノだと言われますが、鍛冶屋の実力が試されるのは白二鋼なのです。職人にとって名刺がわりの鋼材です。ここで実力が発揮できなければ他の鋼材も売れません。研究され尽くした鋼材と言えます。

白二鋼の包丁をもっと見てみる

詳しい鋼材の解説はこちら

鋼材マッピング

簡単に各鋼材の特徴をマッピングしたのがこちらです。ぜひ参考になさってください。

鋼材マッピング鋼編

さらに追求したい人向けの組成表

炭素の含有率が高くなると硬度が上がるというのは前述の通りですが、それぞれの成分には金属にもたらす効果があります。その効果と各鋼材の規格を比較したものがこちらです。

「鋼材の説明をされても比較対象が無い」というお声をよく頂きますが、他の鋼材との違いも見て頂けると思います。

包丁鋼材の組成表
出典:Knife Steel Chart
メーカーは成分比率に幅をもたせて公開していますが、比較しやすいように最大値、中央値を記載しております。

まとめ

・鋼は錆びるが、研ぎやすくコストパフォーマンスが高い

・どの鋼材を使うかと同じかそれ以上に、どうやって作ったかで実力は変わる

黄紙は安価だが脆い。白紙は研ぎやすい。青紙は研ぎが甘くても切れ味長持ちする。

3号<2号<1号<スーパーの順に炭素の含有が多く硬度が高い

・「青鋼は白鋼より実力が上」とは限らない

とにかく、鋼材は特性を把握することは良いのですが、製造工程で大きく実力は変わります。あまり鋼材名に囚われずにあなたに合う一本を探してみてください。

著者紹介About the author

堺一文字光秀

田中諒

「切れ味で、つなぐ」堺一文字光秀三代目当主。 職人の技術と歴史、そして包丁にかける思いを皆様に届けて参ります。 辻調理師専門学校 非常勤講師 朝日新聞社 ツギノジダイ ライター

監修
一文字厨器株式会社(堺一文字光秀)
〒542-0075 大阪府 大阪市中央区難波千日前 14-8